ぽかんと驚いている雛森を後目に すぅと勢い良く日番谷は息を吸い込んだ。
「居るか クソギツネ!」
大きく張り上げた声に 反応する人影はなかったが 日番谷はそれに一切構わずに壁にある紅いボタンを強く押した。
う゛ぃん という何かの起動音の後に バチンとスイッチの入る音がした。
『あ あー あ あー… なぁ コレ入ってるん?』
はい という使用人らしき声の後に マイクテストーと 巫山戯た音声が入った。
それが気にくわなかったのか日番谷は無意味に何度も紅いボタンを連打した。マイクを通してじりり と騒がしい音が聞こえてくる。
『うわ 五月蠅い五月蠅い!聞いとる 聞いとるって。やっと帰ったんねぇ いつもより遅かったから心配しとったんよ放蕩息子。』
がちゃりと日番谷は壁に組み込まれたマイクのようなものを取ると それを口に近づけて対話を始めた。
「お前 今言った事紙に書いて読み直して見ろ。意味わかんねぇぞ。」
『はいはい お手厳しい事で。で、どうやった?前の子は失敗やったからね。まぁあの子もあの子で結構ええ人に引き取ってもらったし まぁエエよな。そうそう あの子の…』
「ちょっと黙れクソギツネ。」
制止の言葉に ぴたりと広いホールに響いていたマイク音が止んだ。
「ちょっと降りて来い。会わせたい奴が居る。」
『あれ 何お客さん?居てはったん?先に言うてぇな。』
うぃん と機械音がまたして 二階分ある屋根の一部が ぱかりと間抜けな音をたてて開いた。
「…え?」
何ですか アレ と 雛森が少し上擦った声で聞いたのに 日番谷ははぁと溜息をついて小さく 親父 と 返した。
「あれ 可愛らしいお客さんやないの。どこのお嬢様?」
にこにこと笑ったその日番谷と同じ銀髪を持った男は 椅子ごと上から降ろされてきた。
見た目的には何と例えればいいか…言うとしたら…ブランコみたいな感じだろうか。すすす と降りて来ると 椅子から立ち上がった。
また椅子はすすす と 上の階へと戻っていくのを 雛森はぽかんと見つめていた。
「……?」
にこにこと笑いながら 市丸は少し首を傾げた。
「……。」
ぽかんと雛森は椅子が消えた屋根を未だ見守っていた。
「……。」
日番谷はもう 何を言えばいいのか解らず頭を軽く押さえた。
妙な沈黙が十秒続いた後に 日番谷があぁと呻き声に近いような声を上げてそれを破った。
「…この変人が 俺の育て親。…市丸 ギンだ。」
はっとその途端雛森は正気に戻り 市丸から目を反らした。
ど どうしよっ…!あ あたしってば目を合わしちゃった…ッ!
身分階級の強いこの国で 上の者の目を見るということは失礼に値するものだった。慌ててスカートの裾を持ち 腰を少し落として礼をした。
「は 始めましてっ 雛森桃と申します…!」
市丸は肩を少し竦めて 雛森の頭をぽんぽんと撫でた。
「雛森ちゃんね。身売りの子やないんやから そない目ェ反らさんかて…」
「その通りだよ」
ぴたりと市丸が動きを止めたのが解って 雛森は肩を竦めて身体を小さくした。
市丸は 無表情で日番谷を見て それから雛森へと目線を落としてからまた日番谷へと目線を戻し 唐突に呆れ顔になった。
「…アンタ いくら人の金やからって…」
「五月蠅いな どうでもいいだろ」
「うん まぁどうでもええねんけどね。」
けろりと返す市丸に じゃぁ一々言うなと日番谷は呆れて肩を態とらしく竦めてみせた。
「使用人に使う気?」
「まさか。」
さも当然のように返された日番谷の台詞に 雛森はぎょっとして目を見開いた。使用人として使われるのだとばかり思っていたのだから 当然といえば当然の反応かもしれない。
「えっ あ あたしは…?」
「俺の婚約者だから。」
「「え?」」
見事 と言うべきほど綺麗に雛森と市丸の声が被った。
「…面白そうやね。何 説明してくれはる?」
市丸の目尻がつり上がったのが解った。きっと 細い目を更に細めようとしてこうなったのだろうと雛森は思った。
…そう 頭が先程の日番谷の言葉を理解しようと努力するのを止めたのだ。
「一目惚れ ってヤツなん?」
「ああ」
目を見開いて ぱく ぱくと 二三度口を開閉した雛森に二人は気付かないで話を進めてゆく。
「出来るとでも?」
「なら 家を出るまでだな。」
その淀みの無い声に 市丸はクスクスと笑った。
初めて見る『執着』だ。
「…お嬢さんは?」
「へっ?」
思わず素っ頓狂な声をあげてから ぱっと雛森は口元を押さえた。
ええよ ええよと笑いながら市丸は雛森の頭をぽんぽんと二三度叩いた。
「この子の 奥さんに なっても ええの?」
区切り区切りに言われて やっとその言葉が雛森の脳に染み込みはじめた。
奥さん?
彼の?
あたしが?
「えっ…え えええ?!」
身売りのあたしが?
出会ったのが数時間前の?
財閥の子息と?
そっと日番谷が耳元に唇を寄せてきたので 何か助け船でも出してくれるのかと雛森は耳を傾けた。
耳元で囁かれる ほんの少し低い声。
「安心しろ この上無いぐらいまで溺れさせてやるよ」
「…っ …!…っっ!!」
口を「あ」だの「い」だのの格好にさせながらも 声を出せずに雛森はぱくぱくと口を何度も開閉させた。瞬く間に紅くなった雛森を見て 市丸が首を軽く傾げた。
「何 何 何言うたん?」
「なななっ な なんでもありませんっ!」
「別に大した事は言ってねぇよ。」
けろりと本当に何事もなかったかのように言葉を返す日番谷を 少しだけ恨めしそうに見てから雛森は市丸の足下に目を伏せた。
「あ あの あたし…その…よ 良く 解りませんっ…!」
必死ながらにも素直な言葉に 拍子抜けする程軽い口調で市丸は ああ そう と 答えた。
「そないか。うーん でも折角可愛い息子が初めて惚れ込んだ子やものな どうにかしてやりたいけど…。」
「お前が言うと嫌味にしか聞こえないな。」
間髪入れぬ日番谷の突っ込みも聞こえていないかのようにスルーして 市丸は心底楽しんでいるという口調で日番谷を見た。
「でもなぁ 冬獅郎。あんた 婚約者おるやろ?」
「破棄棄に決まってるだろ 何寝ぼけた事言ってやがる。」
大体 あの婚約は俺にとってもアイツにとっても不利益だ とまるで汚いものでも吐き捨てるように日番谷は言った。
「まぁ アノ子も好きな子居ったもんねぇ。でも 僕 あそこの親父さん嫌いやねんよなァ…。」
白々しい言い方に 日番谷は右眉を訝しげに上げた。
「……何をしたいんだ?」
ニィっと市丸は口端をつり上げて 良く分かってるじゃないかと言わんばかりの笑みを見せた。
「賭け せぇへん?」
「…賭け?」
「そ 賭け。」
軽く屈んで 市丸は日番谷に耳打ちをした。
「三ヶ月や。三ヶ月後 同じ質問をくり返す。」
その時 yesと答えさせてごらん?
優しく酷く残酷に囁かれた台詞に 日番谷はギロリと市丸を睨みつけた。
::後書::
なんかやけに長い気がするのは気のせいです。(真顔)
実は何処できろうか迷って
結局キリがいいところが無くて全部載せたといのは秘密です。(真顔)
やっとの事で遊戯開始で御座います!